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環上の加群 (9)基底


 $A~$を環、$M~$を左$A$加群とし、$S=\{x_1,\dots,x_n\}\subset M~$を有限部分集合とする。
このとき、任意の$~a_1,\dots,a_n~$に対して \[ a_1x_1+\cdots+a_nx_n=0 ~\Longrightarrow~ a_1=\cdots=a_n=0 \] が成り立つとき、$S~$は1次独立または線形独立であるという。
また、そうでないとき$~S~$は1次従属または線形従属であるという。
空集合$~\emptyset\subset M~$は1次独立であるとする。
また、$a_1x_1+\cdots+a_nx_n~$という形の元を$~S~$の1次結合または線形結合という。
$\emptyset~$の1次結合は$~0~$($M~$の単位元)であるとみなす。
$S\subset M~$が無限部分集合であるときは、$S~$のすべての有限部分集合が(上の意味で)1次独立であるときに$~S~$は1次独立であるという。
また、そうでないとき$~S~$は1次従属であるという。

 $S\subset M~$に対して、$M~$の任意の元が$~S~$のある有限部分集合の1次結合となっているとき、$S~$は$~M~$を($A$上)生成するという。
またこのとき、$S~$を$~M~$の生成系、$S~$の元を$~M~$の生成元という。
さらに、$S~$が$~M~$を生成し、$S~$が1次独立であるとき、$S~$は$~M~$の($A$上の)基底であるという。
生成系が有限集合である左$A$加群を$~A$上有限生成な左加群または有限左$A$加群という。

命題18
$A~$を環、$M~$を左$A$加群とする。
部分集合$~S\subset M~$に対して、$S~$の有限部分集合の1次結合全体は$~M~$の部分$A$加群となる。

$S~$の有限部分集合の1次結合全体を$~N~$とおく。
$0~$は$~\emptyset\in S~$の1次結合なので、$0\in N~$となる。
また、$x,y\in N~$を任意にとれば、 \begin{align} x &= a_1x_1+\cdots+a_nx_n\\ y &= b_1y_1+\cdots+b_my_m \end{align} となるような、$a_1,\dots,a_n,b_1,\dots,b_m\in A~$と$x_1,\dots,x_n,y_1,\dots,y_m\in S~$がとれる。
このとき、明らかに$~x+y\in N~$であり、 \[ -x = (-a_1)x_1+\cdots+(-a_n)x_n \] となるので、$-x\in N~$である。
したがって、$N~$は$~M~$の部分群である。
また、$a\in A~$を任意にとれば、 \[ ax = (aa_1)x_1+\cdots+(aa_n)x_n \] となるので、$ax\in N~$である。
$$\square$$

このような部分$A$加群、$S~$の有限部分集合の1次結合全体を$~\langle S\rangle~$と書き、$S~$から生成された(または、張られた)部分$A$加群という。
また、$\langle S\rangle~$は$~\displaystyle\sum_{x\in S}Ax~$と書くときもある。
特に、$S~$が有限集合$~\{x_1,\dots,x_n\}~$であるときは$~Ax_1+\cdots+Ax_n~$と書く。
$\langle S\rangle~$は$~S~$を含む最小の部分$A$加群である。

補題19
$A~$を環、$M,N~$を左$A$加群、$S\subset M~$を部分集合とする。
このとき、$S~$が$~M~$の基底であるための必要十分条件は、$M~$の任意の元が$~S~$の1次結合として一意的に表されることである。

$S~$を$~M~$の基底とし、$x\in M~$を任意にとる。
$S~$が$~M~$の基底なので、$a_1,\dots,a_n\in A,x_1,\dots,x_n\in S~$があり、$x=a_1x_1+\cdots+a_nx_n~$とできる。
$a_i=0~$となるものがあれば省略できるので、$a_1,\dots,a_n~$はすべて$0$でないとする。
また、$b_1,\dots,b_m\in A,y_1,\dots,y_m\in S~$が$~x=b_1y_1+\cdots+b_my_m~$を満たしているとする。
このとき、 \[ (a_1x_1+\cdots+a_nx_n)-(b_1y_1+\cdots+b_my_m)=x-x=0 \] である。
もし$~x_i\notin\{y_1,\dots,y_m\}~$となるものがあれば、$S~$が1次独立であることから$~a_i=0~$となるので矛盾。
したがって、$\{x_1,\dots,x_n\}\subset\{y_1,\dots,y_m\}~$である。
$n\le m~$であり、$x_1=y_1,\dots,x_n=y_n~$としても一般性を失わない。
このとき、$1\le i\le n~$なら$~a_i=b_i~$であり、$n\lt i\le m~$なら$~b_i=0~$である。
よって、上の2通りの表示は実質同じものである。

$M~$の任意の元が$~S~$の1次結合として一意的に表されるとする。
明らかに、$S~$は$~M~$を生成している。
任意に$~a_1,\dots,a_n\in A,x_1,\dots,x_n\in S~$をとり \[ a_1x_1+\cdots+a_nx_n=0 \] であるとする。
$0$は$~\emptyset~$の1次結合なので$~a_1,\dots,a_n~$はすべて$0$でなければならない。
$$\square$$


命題20
$A~$を環、$M,N~$を左$A$加群とする。
$S\subset M~$を$~M~$の基底とし、$f:S\to N~$を任意の写像とする。
このとき、$f=\varphi\circ\iota~$となる$A$準同型$~\varphi:M\to N~$がただ1つ存在する。
ただし、$\iota:S\to M~$は包含写像である。

任意の$~x\in M~$に対して、$~a_1,\dots,a_n\in A~$と$~x_1,\dots,x_n\in S~$があり$~x=a_1x_1+\cdots+a_nx_n~$と一意的に表せられる。
ここで、写像$~\varphi:M\to N~$を \[ \varphi(x) = a_1f(x_1)+\cdots+a_nf(x_n) \] で定める。
任意に$~a\in A,x,y\in M~$をとる。
$x=a_1x_1+\cdots+a_nx_n,y=b_1y_1+\cdots+b_my_m~$とできる。
\begin{align} \varphi(x+y) &= \varphi(a_1x_1+\cdots+a_nx_n+b_1y_1+\cdots+b_ny_n)\\ &= a_1f(a_1)+\cdots+a_nf(x_n)+b_1f(x_1)+\cdots+b_nf(x_n)\\ &= \varphi(x)+\varphi(y) \end{align} \begin{align} \varphi(ax) &= \varphi(aa_1x_1+\cdots+aa_nx_n)\\ &= aa_1f(x_1)+\cdots+aa_nf(x_n)\\ &= a(a_1f(x_1)+\cdots+a_nf(x_n))\\ &= a\varphi(x) \end{align} が成り立つので、$\varphi~$は$A$準同型である。
また、これが$~f=\varphi\circ\iota~$を満たすのは明らかである。

$\psi:M\to N~$を$~f=\psi\circ\iota~$を満たす$A$準同型とする。
任意の$~x\in M~$に対して、$x=a_1x_1+\cdots+a_nx_n~$とでき、 \begin{align} \psi(x) &= a_1\psi(x_1)+\cdots+a_n\psi(x_n)\\ &= a_1\psi(\iota(x_1))+\cdots+a_n\psi(\iota(x_n))\\ &= a_1f(x_1)+\cdots+a_nf(x_n)\\ &= \varphi(x)\\ \end{align} となるので、$\psi=\varphi~$である。
$$\square$$