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零除算


実数上の零除算


 小学校のころから「$0$で割る」ことはしてはいけないと習ってきたと思う。 ではなぜ、「$0$で割る」ことをしてはならないのだろうか。 それを説明するには、「$0$とは何か」と「割るとは何か」を明確にする必要がある。 ここでは、普通の意味での「$0$」と「割り算」を考える。 しかし、"普通の意味での"$0$と割り算が何かも明確にすべきである。 そこで、普通の意味での$0$と割り算として、実数で構成してきた$~\mathbb{R}~$の$0$と除法を採用する。

 実数 (6)実数の性質に次のような命題がある。
実数.定理12
$(1)~$$\mathbb{R}~$は$+,\cdot~$によって可換体になる。
これから、$\mathbb{R}\setminus\{0\}~$は乗法$~\cdot~$によって可換群になることがわかる。 これは$~\mathbb{R}\setminus\{0\}~$には$~\cdot~$における逆元があることを意味する。 しかし、$0~$には乗法逆元が存在しない。 これは$~\mathbb{R}~$が乗法$~\cdot~$で群にならずに半群(結合性と単位性のみをもつ)となることから確認できる。 $\mathbb{R}~$上の除法は「乗法逆元をかける」操作の省略と定義したので、「$0$で割る」とは「$0$の乗法逆元をかける」こととなる。 しかし、$0$の乗法逆元は存在しないのでこれは考えることができない。

 これが「$0$で割る」ことをしてはいけないことの理由である。 しかし、$0$と割り算の定義の仕方が違えば、もちろん「$0$で割る」ことを可能にすることはできる。 その例として、零環と輪というものを紹介しようと思う。

零環


 まずは、$0$や割り算の定義を本質的には変えずに零除算ができるようにならないか考えてみる。 つまり、$0$は加法の単位元であり、割り算とは乗法逆元をかける操作とする。 そのためには、加法と乗法の2つの演算が定まったものを考える必要がある。 このように2つの演算が定まっていて、一定の性質を満たすものは環と言われる。

 $A~$を環として、$A~$上の加法を$+$、乗法を$~\cdot~$で表すとする。 そして、$0$を$~A~$上の$+$における単位元とする。 つまり、$0$とは以下を満たすものである。 \[ {}^{\forall}a\in A,a+0=0+a=a \] また、$A~$上の$~\cdot~$における単位元として1を定義する。 \[ {}^{\forall}a\in A,a\cdot1=1\cdot a=a \] このとき、任意の$~a\in A~$に対して \begin{align} &a\cdot0=a\cdot(0+0)=a\cdot0+a\cdot0\\ &0\cdot a=(0+0)\cdot a=0\cdot a+0\cdot a \end{align} とできるため、両辺に$~-(a\cdot0)~$を足すと$~{}^{\forall}a\in A,a\cdot0=0\cdot a=0~$が成り立つ。 ここで、「$0$で割る」ことを可能にするように考える。 つまり、$0$の乗法逆元が存在すると仮定する。 よって、 \[ 0\cdot x=x\cdot 0=1 \] となる$~x\in A~$が存在する。 このとき、$0\cdot x=x\cdot0=0~$となるので \[ 0=1 \] が導かれる。 (これは決して矛盾が導かれたというわけではないことに注意されたい。 あくまで"この定義では"$~0=1~$という関係が成り立つということである。) このとき、任意の$~a\in A~$に対して$~a=1\cdot a=0\cdot a=0~$となるため、$A=\{0\}~$となる。 このような$0$のみからなる環を零環または自明な環という。

 しかし、零環のような環は考えても面白くないので、環論などにおいてもその考察対象から除外されることが多い。


 次に零環のような単元集合ではなく、複数の元がある上で零除算ができるようにしたい。 そのように考察した結果にというものがある。 集合$~W~$が輪であるとは、2つの二項演算$+$と$~\cdot~$および単項演算$~/~$があり、以下の性質を満たすときにいう。 \begin{align} (1)&~{}^{\exists}0\in W~\mathrm{s.t.}~{}^{\forall}x\in W,x+0=0+x=x\\ (2)&~{}^{\forall}x,y,z\in W,(x+y)+z=x+(y+z)\\ (3)&~{}^{\forall}x,y\in W,x+y=y+x \end{align} \begin{align} (4)&~{}^{\exists}1\in W~\mathrm{s.t.}~{}^{\forall}x\in W,x\cdot1=1\cdot x=x\\ (5)&~{}^{\forall}x,y,z\in W,(x\cdot y)\cdot z=x\cdot(y\cdot z)\\ (6)&~{}^{\forall}x,y\in W,x\cdot y=y\cdot x \end{align} \begin{align} (7)&~{}^{\forall}x,y\in W,/(x\cdot y)=/x\cdot/y\\ (8)&~{}^{\forall}x\in W,/(/x)=x \end{align} \begin{align} (9)&~{}^{\forall}x,y,z\in W,(x+y)\cdot z+0\cdot z=x\cdot z+y\cdot z\\ (10)&~{}^{\forall}x,y,z\in W,x\cdot/y+z+0\cdot y=(x+y\cdot z)\cdot/y \end{align} \begin{align} (11)&~0\cdot0=0\\ (12)&~{}^{\forall}x,y,z\in W,(x+0\cdot y)\cdot z=x\cdot z+0\cdot y\\ (13)&~{}^{\forall}x,y\in W,/(x+0\cdot y)=/x+0\cdot y\\ (14)&~{}^{\forall}x\in W,x+0\cdot/0=0\cdot/0 \end{align} 輪$~W~$において$~x\in W~$で割るとは$~/x~$をかけることとされる。 よって、$0$で割るとは$~/0~$をかけることなので、輪では零除算が許される。

 しかし、輪は定義の厳しさに対してあまり有益な情報が得られないため、盛んには研究されていない。