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多項式


 多項式環の頁では、環上の多項式を定義して、その性質について述べている。 しかし、多項式の定義にある変数記号$~X~$や$~X_1,\dots,X_n~$とは何なのだろうか。 変数記号はもちろん変数を表す記号である。 そして変数とは、不特定の対象を一括して表すものである。 変数とは何かをこれ以上考えるのはここでは止めておく。 ここで問題にしたいのは、ZFC公理系などで数学を公理化したときに、変数記号$~X~$なんてものが容易にとれないことである。 ZFC公理系では、(関係記号や論理記号を除く対象を表すような)記号はすべて集合を表すものである。 なので、不特定の対象を示す記号$~X~$も集合でなくてはならない。 当然このような集合は簡単には考えられない。 (少なくとも筆者はそのための有効な手段を知らない。) なので、ここでは変数記号を用いずに多項式を定義する方法を紹介したいと思う。

 以降$~A~$は可換環として、$A$上の多項式を定義していこうと思う。
まず、多項式の頁で実際に行った定義によれば$~A$上の(1変数)多項式$~f(X)~$は有限個の$~a_0,\dots,a_n\in A~$を用いて \[ f(X) = a_0+\cdots+a_nX^n \] と表されるものである。 ここで、$n+1~$以上の自然数$~i~$について$~a_i=0~$であるとみれば \[ f(X) = \sum_{i\in\mathbb{N}}a_iX^i \] と表すことができる。 さらに、$A$上の多項式$~\displaystyle g(X)=\sum_{i\in\mathbb{N}}b_iX^i~$が$~f(X)~$と等しいとは \[ {}^{\forall}i\in\mathbb{N},a_i=b_i \] となるときをいう。 つまり、多項式とは各項の係数$~a_i~(i\in\mathbb{N})~$によって完全に特徴付けられる。 よって、$A$上の多項式を列$~(a_i)_{i\in\mathbb{N}}~$のうち有限個を除いてすべて$~0~$であるようなものと考えることができる。 そして、$A$上の多項式同士の加法と乗法を \begin{align} (a_i)+(b_i) &= (a_i+b_i)\\ (a_i)(b_i) &= \left(\sum_{j=0}^{i}a_{i-j}b_j\right) \end{align} と定めれば、これは多項式の頁で定義したものと一致する。 さらに、$A$上の多項式のうち \[ e_i = \left\{ \begin{array}{ll} 1 & (i=1)\\ 0 & (i\neq1) \end{array} \right. \] となるような列$~(e_i)~$を$~x~$とすれば、$n\in\mathbb{N}~$に対して \[ x^n = \left\{ \begin{array}{ll} 1 & (i=n)\\ 0 & (i\neq n) \end{array} \right. \] が成り立ち、明らかに任意の多項式$~(a_i)~$について \[ (a_i) = \sum_{i\in\mathbb{N}}a_ix^i = a_0+a_1x+a_2x^2+\cdots \] という表示を与える。 $x~$を変数記号$~X~$だとみれば、通常の多項式の表示方法と同じであることがわかる。 もちろんこの方法では$~A~$は多項式環の部分環とはならないが、$A~$から自然な埋め込みがあるので部分環とみなすことはできる。

 $A~$の元の列$~(a_i)_{i\in\mathbb{N}}~$が写像$~\mathbb{N}\to A~$であることを考えれば、$A$上の$~n$変数多項式も同様に定義できる。 $A$上の$~n$変数多項式とは、$\mathbb{N}^n~$から$~A~$への写像$~(a_I)_{I\in\mathbb{N}^n}~$のうち有限個を除いてすべて$~0~$となるものである。 $n$変数多項式同士の演算も同様に定義され、各$~i=1,\dots,n~$に対して \[ x_i = (e^i_I)_{I\in\mathbb{N}^n} = \left\{ \begin{array}{ll} 1 & (I=I_i)\\ 0 & (I\neq I_i) \end{array} \right. \] とすれば、通常の$~n$変数多項式の表示が得られる。 (ただし、$I_i\in\mathbb{N}^n~(i=1,\dots,n)~$は第$i$成分が$~1~$で、それ以外はすべて$~0~$であるものである。)

 また、$\mathbb{N}^n~$は$~n$元集合$~\{1,\dots,n\}~$から$~\mathbb{N}~$への写像全体であることを考慮すれば、無限変数多項式にまで拡張することができる。 $\Lambda~$を任意の集合として、$\mathbb{N}^\Lambda~$を写像$~\Lambda\to\mathbb{N}~$全体とする。 特に、これらのうち有限個を除いてすべて$~0~$となるもの全体を$~\mathcal{I}~$と表すことにする。 ここで、$\mathcal{I}~$から$~A~$への写像$~(a_I)_{I\in\mathcal{I}}~$のうち有限個を除いてすべて$~0~$になるものを$~A$上の多項式という。 各$~\lambda\in\Lambda~$に対して、$I_\lambda\in\mathcal{I}~$を \[ I_\lambda(\nu) = \left\{ \begin{array}{ll} 1 & (\nu=\lambda)\\ 0 & (\nu\neq\lambda) \end{array} \right. \] として、多項式$~x_\lambda~$を \[ x_\lambda = (e^\lambda_I)_{I\in\mathcal{I}} = \left\{ \begin{array}{ll} 1 & (I=I_\lambda)\\ 0 & (I\neq I_\lambda) \end{array} \right. \] とすれば、これが変数記号に対応する。 つまり、この多項式は$~\Lambda~$によって添え字づけられた変数記号$~X_\lambda~(\lambda\in\Lambda)~$を変数にもつ多項式である。 $\Lambda~$が有限集合なら$~n$変数多項式となんら変わらないが、$\Lambda~$が無限集合なら無限変数多項式ともいうべきものになる。